私の人生は誰のもの? 60歳を前に「自分のお金」を持とうと思った理由

投資体験記

私の人生は誰のもの?

三十年以上、私は家族という組織に人生をフルタイムで捧げてきた。

夫がいて、子どもがいて、毎日やることは山ほどある。

それは決して不幸な人生ではなかった。

むしろ幸せだったと思う。

それなのに、ある日ふと冷や汗が出るような思いに襲われた。

このままでは私は、
死ぬまで誰かのスケジュール帳の「空きスペース」を埋めるためだけに生きて終わるのではないか。

そんな考えが頭をよぎったのだ。

私の休暇は誰のもの?

きっかけは、なんてことのない有給休暇の日だった。その日の私の計画は完璧だった。

お気に入りのカフェでコーヒーを飲みながら、こっそり積み立ててきた資産運用の推移表を眺める。

増えた資産を見てニヤニヤする。

六十代を目前にした人間の遊びとしては、なかなか健全である。

ところが夫という生き物は、妻が休みだと分かった瞬間に行動を開始する。

「これ、ついでに買ってきて」

買い物メモを差し出し、

「前から行きたがってただろ」

と、頼んでもいないドライブまで提案してくる。

本人は親切のつもりなのだ。

むしろ「妻にサービスしている」と本気で思っている。

そこに悪意はない。

だからこそ厄介だ。

気付けば夕方。

私の休暇はスーパー数軒のハシゴと、別に興味もない景色の間に消えていた。

レジ袋の重みが指に食い込んだ瞬間、私は思った。

私の人生は誰のものなのだろう。

お金が欲しかったわけではない

振り返ると、私がお金に興味を持った理由は、お金そのものではなかった。

欲しかったのは自由だった

誰かの予定ではなく、自分の予定で動けること。

誰かの機嫌ではなく、自分の気分を優先できること。

老後に何かを我慢するのではなく、自分で選べること。

そのためには、やはりお金が必要だった。

「私にはこれだけある」

そう思える資産は、単なる数字ではない。

心の余裕であり、選択肢であり、自立そのものだった。

2020年、投資を始めた

私は2020年、コロナショックの年に投資を始めた。

タイミングとしては最悪だった。

始めたと思ったら暴落。

含み損がどんどん膨らむ。

売らなかったのは勉強していたからではない。

どうしたらいいのか分からなかったからだ。

結果として、それが正解だった。

その後も積み立てを続け、少しずつ資産を増やしてきた。

もちろん一攫千金ではない。

けれど、将来への不安は少しずつ小さくなった。

そして何より、

「私は私のために準備している」

という感覚を持てるようになった。

小金持泰子として生きる

私はこの春、決めた。

名前の通り、しっかり小金持になろうと。

大金持ちではない。

小金持でいい。

自分の時間を守れる程度に。

老後を不安なく過ごせる程度に。

好きなカフェでコーヒーを飲みながら資産推移を眺めていられる程度に。

そのくらいがちょうどいい。

このブログは、そんな「小金持泰子」の記録である。

住宅ローンを返済し、子育てを終え、老後資金を準備しながら、自分の人生を少しずつ取り戻していく。

そんな過程を書いていこうと思う。

そして、自分のために生きる

こうして書いてみると、私は特別なことをしているわけではない。

ただ、「自分のためのお金を持つ」という当たり前のことを、ようやく自分に許し始めただけだ。

誰かのために生きる時間が長かった人ほど、自分のことは後回しになる。

私もそうだった。

でも人生の後半戦くらいは、自分のために生きてもいい。

自分の未来のためにお金を使ってもいい。

私はそう思う。

さて、新しく買い足す投資信託の銘柄でも考えながら、今日も夕飯の支度をするとしよう。

これが今の私にできる、最大にして最小の反逆なのである。

良いものに出会ったとき、そっと感謝を形にできる人が好きよ。画面の向こうへの小さな会釈——お帰りの前に、忘れていないかしら?

押せばアラ還主婦たちのつぶやきに会えるわよ

タイトルとURLをコピーしました