「50歳の私が、震える指で投資を始めた話——コロナショックを乗り越えた5年間の記録」

投資体験記

2020年1月。私は一念発起して、証券口座を開設することにした。

きっかけは山崎元さんの著書だった。「長期・分散・低コスト」。難しいことは何も書いていない。それなのに、読み終えた瞬間、背中を押された気がした。

よし、やろう。50歳にして、初めて投資の世界に踏み込むことにした。

■50歳からの証券口座開設は、想像以上に大変だった

今の時代、指先ひとつでスマートに終わるものだと思っていた。

ところが、いざパソコンの前に座ってみると、これが案外一筋縄ではいかない。画面をあちこちクリックしては足止めを食らい、結局デジタルの迷宮に音を上げて、アナログ極まりない「郵送」という手段に頼ることになった。

デジタルが得意な世代なら一瞬かもしれないけれど、私たち世代には、この最初の壁が高すぎる。もしこれから口座を作る同世代の方がいるなら、「最初から郵送で」とアドバイスしたい。それくらい、スマートとは程遠い格闘だった。

さらに厄介なのが「ニーサ」という魔法の言葉。審査やら何やらで時間がかかると言われ、私の「早く始めたい!」という熱量はもう限界。結局、NISA口座が開くのを待てずに、特定口座で記念すべき一歩を踏み出すことにしたのである。

二つの証券会社に申し込みの封筒を出し、一刻も早く書類が届いた方に、まずは三十万円を放り込んだ。

完璧主義を捨てて、まずは一歩。それが私らしい始まりだった。

■初めての一歩は、完璧じゃなくていい

三十万円。

画面上の数字になった途端、心臓の鼓動が耳元まで聞こえてくるような気がした。ただ入金しただけでこの騒ぎ。これから株を買うなんて、正気の沙汰かしら、とさえ思う。

今思えば、あの時の三十万円は、ただの投資資金ではなく「覚悟」だったのだと思う。

完璧なタイミングなんて、一生来ない。

だから私は、不完全なまま一歩を踏み出した。

■コロナショック——資産が溶けていく恐怖

ところが、運命は残酷なタイミングで牙を向いた。

新型コロナウイルスの襲来である。

世界中が凍りつき、株価は目も当てられないほどの急降下。画面を見るたびに、積み立てたはずの資産がみるみる目減りしていく。文字通り、口から心臓が飛び出しそうな日々。

「長期」で持つのが大事だと頭ではわかっていても、目の前の数字が溶けていく恐怖には抗えない。今思えば絶好の「買い場」だったけれど、当時の私はただただ震えることしかできなかった。

怖くて、怖くて……。

あろうことか、月々の積立額を、千円単位にまで、そっと減らしてしまった。

でも、今になって思えば、積立額を減らした自分を、私は褒めてやりたい。投資のプロは「そのまま積立を続けろ」と言うかもしれないけれど、当時の私のメンタルでは、それが精一杯の「やめない」ための工夫だった。積立額をゼロにしなかったことが、未来につながったのだから。

■孤独な嵐の中で、それでも「やめなかった」

周りには投資の話ができる友人なんて一人もいない。夫に相談したところで「それ見たことか」と言われるのがオチ。(と言うか夫にはほぼ内緒)

私はたった一人で、真っ暗な嵐の中に立っているような孤独と恐怖を抱え込んでいた。

けれど、そんな弱気な自分を、今の私は心から褒めてやりたいと思う。

だって、私は「やめなかった」のだから。全額引き出して逃げ出すこともせず、細い糸のような千円を、必死につなぎ止めていた。

山崎元さんの教えを胸に、自分の直感だけを信じて、嵐が過ぎるのをじっと待ったあの時間は、決して無駄ではなかった。

そうして私は、投資の本当の洗礼を浴び、少しずつ「本当の投資家」への階段を上り始めたのである。

※本記事は筆者個人の投資経験・考え方をもとに書いたものです。特定の銘柄や投資手法を推奨するものではありません。投資にはリスクが伴います。最終的な投資判断はご自身の責任でお願いいたします。

世の中に本当の意味で『無料』なものなんて存在しないわ。良質なものをいただいたら、それに見合った感謝を形にする。それが大人の礼儀というものでしょう。

押せばアラ還主婦たちのつぶやきに会えるわよ。

タイトルとURLをコピーしました