積立額設定、娘の後悔
我が家のフリーランスの娘から、めずらしくLINEが届いた。
「もっと積立を増やしておけばよかった……」と、いささか後悔しているらしい。
日頃は仕事や出張に飛び回り、衣装代や交際費にはいささか羽振りがいい一方で、貯金という概念とは見事に縁遠い人生を送っている子だ。
そんな彼女に、数年前の新NISAが始まる直前、私はそっとこう助言したのである。
「騙されたと思って、オルカンの積立だけは始めておきなさい」と。
本人は渋々ながら、月1万円かそこらのあやふやな金額で設定したものの、
口座を作ったが最後、その存在のことも綺麗さっぱり忘れてしまっていたらしい。
銀行の通帳を開くことすらなかった彼女の、その良い意味での無頓着さには呆れるほかはない。
そして今回、数年ぶりに自分の口座を覗いたところ、送られてきたスクリーンショットには43万円近い評価額が映し出されていたというわけだ。
オルカン積立現在評価額
eMAXIS Slim 全世界株式(オルカン)
NISA積立投資枠*評価額:395,927円、評価損益+100,927円(+34.21%)
旧積立NISA枠 *評価額:33,506円、評価損益+15,506円(+86.14%)
合計評価額:429,433円、評価損益+116,433円(+37.20%)
月1万円台の積立を、2〜3年ただ放置していただけでこれだけの果実が実っているのだから、
驚くのも無理はない。
残高を知ることで始まる、ささやかな誘惑
しかし、母親としては少しばかり心配になることもある。
人間というのは不思議なもので、口座の綺麗なプラスの数字を目の当たりにしてしまうと、
ふと気が大きくなってしまう生き物だ。
「あそこに少しまとまったお金があったわね」と意識してしまった瞬間から、
旅費にしようか、欲しかった洋服にあてようかといった甘い誘惑が、
どこからともなく頭をもたげてくる。
「いつでも引き出せる」というNISAの優れた流動性は、裏を返せば、
誘惑に弱い私たちがいつでもお金に手を伸ばせてしまうという危うさも孕んでいる。
その点、60歳まで動かせないiDeCoの不便さは、意志の弱さをそっとカバーしてくれる実によくできた仕組みだと感心させられる。
結局のところ、投資の才能というものがあるならば、それは相場を読む目でもなければ、
経済の先行きを見通す才覚でもないのだろう。
「いかに自分の物欲と、ふとした衝動をやり過ごすか。」これに尽きるのではないかしら。
育ちゆく雪だるまに触らぬ美学
よく雪だるま作りに例えられる積立投資。
作りかけの雪だるまを面白がって何度も手で触っていたのでは、
手の熱で形が崩れてしまうばかりか、大きく育つものも育たなくなってしまう。
娘の口座もまさにそれだ。
旧つみたてNISAのほうは利回りでいえば目を見張るものがあるが、やはり元本の芯がしっかりと太くなってこそ、複利という本当の面白味が味わえるというもの。
30代前半のまだ若い彼女が、ここでちょっとした誘惑に負けて手をつけてしまったら、
せっかく育ちかけた雪だるまの芯を自らの手で小さくしてしまうようなものだ。
だから私は、娘からのLINEにこう返信しておいた。
「まだ30代のこれからだよ。今見た数字のことは綺麗さっぱり忘れて、あと30年、再び存在すら忘れて積み立て続けなさい。それだけで、あなたのこれからの心強いうしろ盾になってくれるはずだから」
派手好きのフリーランスであれ、真面目一筋の会社員であれ、投資の世界で最も強いのは「何もしない人」なのだろう。
相場の値動きに一喜一憂するよりも、口座の存在すら忘れて自分の日常を淡々と生きている人のほうが、長い目で見れば一番豊かな実りを得ている。
今回の出来事で、娘もちょっと思うところがあった様子。
どうか余計な知恵をつけず、またしばらくは穏やかな忘却の日々に戻ってくれることを、遠くで見守るとしようか。

