8.7億円のSNS投資詐欺で考えた。「Die With Zero」は本当にできるのか

暮らしとお金

その朝、新聞をめくる手が止まった。
愛知県内で、80代の男性がSNS型投資詐欺で約8.7億円をだまし取られたというニュースだった。
一瞬、桁を見間違えたのかと思った。
けれど私の心に引っかかったのは、「8」ではない。
「.7」──7,000万円のほうだった。
それは、もうすぐ60歳になる私が、何十年もかけて築いてきた資産に近い金額だったからだ。
私にとっては人生の積み重ね。
けれど誰かにとっては、8.7億円の「端数」。
その事実に、軽くめまいがした。同時に、こんなことも考えた。
「8億円もの資産があったとしても、人はまだ『増やしたい』と思うものなのだ」と。
もちろん、この男性がどんな思いで投資をしたのか、本当の事情はわからない。
詐欺に遭った被害者を責めるつもりもない。
ただ、このニュースは私自身に、「お金と安心」について考えるきっかけをくれた。

お金の「安心ライン」は、なぜ動き続けるのか


思い返せば、若い頃の私は「1,000万円あれば安心」と信じていた。
節約して、我慢して、ようやくたどり着くはずのゴール。
そこまで行けば、将来への不安は消えると思っていた。
でも実際は違った。
資産が増えても、不安はなくならない。
むしろ、「減らしたくない」という気持ちのほうが強くなっていく。
気がつけば、私は今も数字を追いかけている。
若い頃と同じように。

5,000万円残っても、決断できない理由

今、欲しいマンションがある。
買ったとしても、手元には5,000万円ほど残る。
年金もある。
一般的に見れば、十分すぎるくらいの資産かもしれない。
それでも、判を押せない。

「もし病気になったら」
「もし家族に何かあったら」
「もし物価がもっと上がったら」

不安は、いくらでも増やせてしまう。
そして気づいた。
問題は、お金の額ではない。
「安心できる基準」のほうが、少しずつ動いてしまうのだ。

『Die With Zero』と現実のあいだ

『Die With Zero』という本の考え方には、今でも共感している。
お金は、使ってこそ意味がある。
経験や思い出に変えてこそ、本当の価値になる。
頭では、よくわかっている。
けれど現実の私は、つい財布の紐を締めてしまう。
資産が減ることへの怖さが、なかなか消えない。
おそらくこれは、金額の問題ではない。

8億円あっても不安な人はいるだろう。
反対に、1,000万円でも安心して暮らせる人もいる。
人は「いくら持っているか」ではなく、
「どれだけ減ることを怖いと感じるか」で行動しているのかもしれない。

それでも、小さく使ってみる

だから私は、一つだけやってみようと思う。

「不安がなくなったら使う」のではなく、
「不安があるまま、少しだけ使う」。
今月、資産の一部を「使うためのお金」として分けてみるつもりだ。
金額は大きくなくていい。
旅行でもいい。
息子との外食でもいい。
減らない安心を求め続けるよりも、使って得られる満足を少しずつ増やしていきたい。
「安心」は貯金額ではなく、お金との付き合い方なのかもしれない
8.7億円のニュースを見て、改めて思った。
お金は、増えれば増えるほど安心できるものではない。
ときには、「失いたくない」という気持ちまで大きくしてしまう。
だから必要なのは、金額ではなく、お金との付き合い方なのかもしれない。
いきなり『Die With Zero』を実践する必要はない。
でも、未来のために貯めるお金とは別に、「今の自分のために使うお金」を少しだけ持ってみる。
そんな小さな一歩なら、私にもできそうな気がしている。

人生を振り返ったとき、「もっと貯めておけばよかった」ではなく、
「あの時、使ってよかった」と思えるお金の使い方を、これから少しずつ身につけていきたい。

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