夫は使わない、私は使えない

暮らしとお金

夫のお小遣い、本当はいくらなのか


夫のお小遣いは月4万円。ということになっている。

でも実際は、月末になると2万円前後がそのまま戻ってくる。
「今月も余ったから」と、悪気もなく渡してくる。返してと頼んだことは一度もない。
むしろ「自分で使えば」と言っているのに、返ってくる答えはいつも同じ。
「欲しいものがない」。
散髪代も洋服代も飲み会代も、結局は家計から出る。
お小遣いから出ていくのはビールと日本酒くらい。
だったら夫のお小遣いって、いくらなのだろう。
4万円なのか、2万円なのか、それともゼロなのか。
何年たっても答えは出ない。
最近はもう、戻ってくる2万円を最初から家計に組み込んで計算している自分がいる。

私にはお小遣いがない


一方の私はお小遣い制ではない。
家計を握っているから、欲しいものは買うし、ランチにも行くし、旅行にも行く。
「使いすぎ」と言われたことは一度もない。
傍から見れば、私の方がよほど自由な立場のはずだ。
なのに最近、ふと思う。
毎月3万でも5万でも渡されて「これはあなたのお金だから好きに使っていいよ」と言われる方が、
案外楽なんじゃないか。
自由に使っていいはずなのに、なぜか自由じゃない。
この感覚、分かる人には分かるはずだ。

使わない夫と、使えない私


浪費もギャンブルも趣味への散財もない。
うちの夫はスーパーの折込チラシと特売のビールがあれば満足という、
お金のかからない人間の完成形みたいな人だ。
会社の飲み会すら「もったいないから」と最近は断る。
そういう姿を毎日見ていると、こっちまで財布の紐が固くなる。
「使うな」と言われたことは一度もないのに、無言の圧を勝手に感じてしまう。
言葉より行動に引っ張られるのが人間というものだ。

家計を知りすぎると、お金は使えなくなる


でも本当の理由はそれだけじゃない。
私がお金を使えない一番の原因は、家計を知りすぎていること。
生活費、預金残高、投資額、老後資金、修繕費、税金——全部頭に入っている。
だから5,000円の買い物ひとつで「これだけあれば投資に回せたのに」という計算が勝手に始まる。
資産運用を始める前は、こんなことは考えなかった。
必要なものは普通に買っていた。増えていく数字を見続けているうちに、今度は減ることが怖くなった。増えるのは嬉しい。
減るのは怖い。投資をしている人なら、この矛盾、身に覚えがあるはずだ。

お金は何のためにあるのか


お金は何のためにあるのか。
残高を見て安心するためなのか、増やしてまた安心するためなのか、
それとも人生を豊かにするためなのか。全部正解だと分かっていても、
長年家計を守ることを優先してきた人間はそう簡単には変われない。
夫は使わない。
私は使えない。
どちらが得か損かという話だと思っていたけれど、それも違う気がしてきた。
夫は夫なりに今の生活に満足している。
私は私なりに、資産があるという安心感を大事にしている。
ただ、お金との付き合い方が違うだけだ。
老後のために残すことも大事。
でも元気な今しかできないこともある。
旅行も、美味しいものも、会いたい人に会うことも。
「そのうち」と思っているうちに、時間だけが過ぎていく。
だからこれからは、増やすことだけじゃなく、使うことにも少しずつ慣れていきたい。

そう思いながら今日も私は家計簿を開き、夫はスーパーの折込チラシを眺めて、
特売のビールを探している。


※本記事は個人の資産運用に関する体験・見解であり、投資や家計管理を推奨するものではありません。実際の判断はご自身の責任で行ってください。

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