30年以上、小さな会社で働いている。
社員30人ほどの会社だ。
結婚前に入社し、子どもを二人育てながら、
気付けば人生の半分以上をここで過ごしてきた。
辞めたいと思ったことは何度もある。
それでも生活があった。
住宅ローンも教育費もあった。
何より、文句を言いながらも仕事そのものは嫌いではなかったのだろう。
だから今日まで続いてきた。
リーマンショックで消えたもの
一番苦しかったのはリーマンショックだった。
50人近くいた社員は次々と辞めていった。
給料は下がり、ボーナスはしばらく消えた。
会社が生き残るためには仕方なかったのだと思う。
誰もが必死だった。
そして18年近く経った今。
社員は30人ほど。
給料はあの頃より少し増えた程度で、「景気が良くなった」という実感はほとんどない。
社長の息子たち
そんな会社に、15年ほど前だっただろうか。
社長の長男が入社し、その後、次男も入社した。
二人とも育ちが良いせいか殊の外感じのいい人たちだ。
そこがまたタチの悪いところだ。
そしてその後長男は結婚して高級マンションへ。
車は上位グレードのファミリーカー。
携帯はいつも最新機種。
次男は広い土地に注洒落た文住宅を建て、
こちらもまた立派な車に乗っている。
社長ご夫妻も含め、地元の名士一族らしい豊かな暮らしをしている。
もちろん、本当の家計なんて分からない。
見えているのは外側だけだ。
それでも、彼らの車や家を見るたびに、心のどこかが少しだけザワつく。
なんだかなぁ…と思う瞬間
ふと思ってしまうことがある。
あの人たちの豊かな暮らしは、私たち社員が毎日積み重ねてきた仕事の上に
成り立っているんじゃないか、と。
もちろん経営者は大変だ。
会社が傾けば責任を負うのは社長だし、眠れない夜だってあっただろう。
だから「ずるい」と言いたいわけじゃない。
でも30年以上会社員をやっていると、会社員という立場の限界は嫌でも見えてくる。
会社が苦しくなれば給料は減る。
会社が儲かっても、給料はそれほど増えない。
どれだけ頑張っても、自分で自分の給料は決められない。
これが会社員なのだ。
守られている。でも自由ではない
会社員にはいいところもたくさんある。
毎月給料が振り込まれる。
社会保険もある。
有給休暇もある。
私もその恩恵を十分受けてきた。
もし自分で商売をしていたら、
今の暮らしさえ手放さなければいけない事態になっていたかもしれない。
だから会社員という働き方を否定するつもりはない。
けれど、50代も後半という人生の黄昏時に差し掛かると、
冷酷な現実が首をすげ替えるように迫ってくる。
会社は定年まではそこそこの顔をして面倒を見てくれる。
だが、その先は「あとは自己責任でどうぞ」と冷たく背中を押されるのだ。
「私、このまま『ただ働くだけの女』で一生を終えるの?」
そう思った時、ぞっとした。
結局そういうことなのだ。
だから株を始めた
今さら起業する気力も体力もない。
社長になりたいわけでもない。
でも株なら買える。
私は「働くだけの人」で終わりたくなかった。
ほんの少しでも、「持つ人」の側へ行ってみたかった。
もちろん株価は思い通りにはならない。
含み損を見て落ち込む日もある。
それでも、自分のお金で、自分で考えて投資する。
会社員では味わえなかった感覚だった。
社長の息子にはなれない
今でも、社長一家の絢爛な車を見かけると、ほんのちょっぴり嫉妬の毒が胸を刺す。
我が家には車すらない。
夫婦揃って運転が嫌いだし、生活に困っているわけでもないのだから必要ないはずなのに、
立派な家や車という「記号」を見せつけられると心がざわついてしまうのだ。
けれど最近は、ふっと息を吐いてこう思うようにしている。
社長一家は「会社」という巨大な資産を持っている。
そして私は、ささやかな「株」を持っている。
並べて比べれば吹き出してしまうほど貧弱な規模だ。
けれど、「何ひとつ持たない哀しい会社員」のまま老後という坂道を下っていくよりは、
よっぽど格好がついているではないか。
社長の息子には生まれてこられなかった。
今さら社長の座を奪い取ることもできない。
だったら私は、凛として「株主」になってやろう。
これこそが、還暦を目の前にした私が、泥臭い現実のなかで見つけ出した、
最高に痛快でリアルな抵抗なのだ。


